現代の若者が、叱られることの恐怖を和らげるための考え方

「叱られるのが怖い」という人が若者を中心に増えていると聞きます。

実際のところ、叱られることが好きな人などほぼ皆無だと思います。叱られたらプライドが傷つき、少なからずストレスになるからです。

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叱られたことでものごとが良い方向に進めば良いのでしょうが、それが原因で会社を辞めてしまったという話もしばしば耳にします。

上司からすると、叱った相手が成長をしてほしいという親心から叱ったとしても、部下が会社を辞めてしまえば元も子もありません。

そういった悪循環をふまえ「最近の若者は打たれ弱い」「ゆとり世代は根性がない」という言葉で片付けられがちです。

ただ、それはそうともいえるし、そうではないともいえると思います。

というのは、ここ30年ほどで社会が情報化社会へ急速に変化したために、他人の言葉の受け止め方そのものが変化したからです。

全体的な傾向として、他人からの評価が自分の評価そのものであるという概念が広がったように感じます。

情報化社会により、自分の知りたい情報はパソコンやスマホで調べたらすぐに解答が導き出せる時代になりました。それはスピーディーで便利であるのですが、一方で、自分の頭でものごとを考える機会が少なくなったという弊害を生みました。

わざわざ自分の頭でものごとを考えて判断を下さなくとも、インターネットで調べたらそれなりの答えがすぐに見つかるわけです。ですから、現代人はじっくり考えるということを止めてしまいました。

商品の評価も、アンケートによる集計や口コミによってその価値が判断される機会が増えています。

実際に商品をいろいろ試してみて自分の判断で良しあしを決めるというより、どれだけたくさんの人が評価しているかどうかでその価値が判定されるものだという空気感が社会に蔓延しているのです。

例えば、あるラーメン店でラーメンを食べておいしくなかったが、飲食の口コミサイトで高い評価がつけられていたとします。

それをひと昔前の人なら「サイトなんてあてにならないものだ」と考える人も少なくないでしょうが、現代の若者は「自分の舌に欠陥があるのではないか?」と考えてしまうのです。

つまり、ネット社会で生きる私たちは、自分でものごとを考え適切な判断を下すということがとても苦手になっていると思うのです。

自ずと、自分の評価は自分ですることができず、他人からの評価がそのまま自分の価値になるという思考回路に陥ってしまっているのです。

他人からの声をそのまま受け止めるというわけですから、ある意味、その姿勢自体は素直で従順といえるかもしれません。

しかし裏返せば「自分というものがあいまいな不安定な状態」ということも言えるでしょう。

自分自身がはっきりしない不安定な精神状況にあるため、誰かに叱られたら、その言葉が自分の評価そのものだと短絡的に捉えてしまうリスクをはらんでいるのです。

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例えば、遅刻をして会社上司に「社会人として失格だ!お前なんて、会社にもう来るな!」と叱られたとします。

ひと昔前なら、部下は「次から気を付けますのでチャンスを下さい」と懇願し、上司も「分かった、最後のチャンスだからな。よしがんばれ!」という流れが暗黙の了解としてありました。

しかし、近年の若者は「分かりました。今までお世話になりました」と本当に辞表を提出してその日のうちに退社してしまうといいます。

それは、上司からの言葉が自分の評価そのものだと捉えてしまっている状態にあるからだと思います。

そもそも、どうして叱られただけでしょげてしまうかというと、それだけ自分に自信を持てない人が多いという理由も考えられます。

普段から劣等感を抱き自己嫌悪している人が多い社会であるため、少し叱られただけで精神のバランスは脆くも崩れ去ってしまうのです。

以上のような点をふまえたとき、誰かに叱られてすぐにショックを受けてしまう人は、「叱られる」ということの概念を変えてしまうのがよいと思います。

「叱られる」ということを「マイナス思考で絶対にとらえない」という風に予め決めておくと良いのです。

上司から呼ばれて叱られるときが来たら絶望を感じるのではなく「よし、来た来た。さて今回はどういう風にプラス解釈しようかな?」と半ばゲーム感覚で考えるのです。

例えば、長い説教を食らったとしたら、「この上司は成長をして欲しくて言ってくれているんだな。ありがたい」といったようなプラスの解釈をします。

自分に非があることを指摘されたなら、それは次から気を付ける材料としてしっかり心に留めておけばよいのです。

ただ、問題は、全く理不尽な理由で叱られるといういうケースも一定の割合で存在するということです。

その場合、上司は家庭問題があったりコンプレックスを抱えていたりするなどの要因から、そのストレスのはけ口として叱ってくるわけです。

そういった理不尽な理由で叱られるとき、その言葉をそのまま真に受けていたら体がいくつあっても足りません。そんなときは適当に反省するふりをして内心では次のように考えると良いと思います。

「人間にはいろんな価値観の人がいるのだから相入れないものだ」。

そもそも、性格も育った環境も受けた教育も人それぞれ違っているわけですから、人それぞれ価値観は違っていて当然なのです。

それを完全に一致させる必要はないわけですし不可能なことだと考えておけばよいのです。

要は無理矢理でもいいから「プラスに解釈する習慣」をつけるとよいのです。

すると、いかなる状況になっても前向きにとらえるための思考回路が形成され、知らないうちに自分に自信が出てきます。

結果的に、叱られることに対する恐怖心は和らいてくると思います。

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