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私が考える「生きる意味」と「将来やるべきことを決める2つの基準」

日本は世界レベルで見ると、物質的には豊かな国です。

ところが、一方で、年間自殺者数が3万人近くにも上ることや、自分に満足していない若者が先進7カ国最低であることなどから、精神的な豊かさは享受しにくい国であるとも言えると思います。

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どうして日本社会はモノは豊かなのに精神的な豊かさを感じにくい社会になってしまっているのでしょうか?

それは複合的な要素が絡み合っているとは思いますが、そのひとつは、「他者との競争に勝つこと」に価値基準が偏って置かれていることにあろうと思います。

例えば、良い学校を出て大手企業に入社すれば、必ず幸せになれると信じている人が多くいます。

他者との競争に勝っていわゆる「勝ち組」になれば幸せが享受できるに違いないというわけです。

確かに他者との競争に勝てば経済面ほか幸せを得るために有利に働くことはいえるとは思いますが、絶対的な基準であるとは思えません。

実際のところ順風満帆に歩んできたように見える人が「毎日がつまらない」「人生なんてくだらない」みたいな声が、私の知り合いを少し思い浮かべるだけでもたくさん聞こえてくるわけですから。

結局、相対的な価値基準をもって、自分が幸せか否かを決めるというのには無理があるということが言えるのではないかと思うのです。

それは、相対的な価値基準は流動的で不安定なものだからでしょう。他者に勝っているときは良いのかもしれませんが、負けた時には絶望感を味わざるをえません。

また、競争に勝ち続けていたとしても「次は負けるのではないか?」という不安につきまとわれるのです。それでは、永遠に心の平安を得られないということになってしまうのです。

つまり、他者との比較によって自分が幸せか否かを考えるならば、心の渇きから一生満たされない可能性が高いということです。

結局、他人との競争の勝ち負けに一喜一憂を繰り返しているうちに、いつの間にか年老いてしまうと思うからです。

他者との比較で自分の評価を決めてしまうならば、例えば、受験で失敗したり、就職活動で不採用になったら「人生は終った」といった安易な考えが当然生まれてくるわけです。

「なぜ自分だけうまくいかないのか・・?」「私は運も実力もない最低の人間では?」と言う風に、いろんな可能性に満ちた若者たちが自己否定をしてしまうわけです。

そのようなネガティブな感情に陥ってしまう若者たちが豊かな人生を送るとは到底思えません。

つまり、他者と自分を比較して自分が幸せかどうかを決めていくという考え方は、幸福度を高めるという観点においては、あまり好ましくないといえると思います。

他人に常に勝っていなければ心の平安を得られないというのは、とてもしんどいことだからです。

ただ、一歩引いて考えてみると、そういった基準は社会が設けたものにすぎません。

個々の人間にとってそれらの基準が当てはまるとは限らないのです。それを無理矢理、万人に当てはめようとするからしんどくなるのです。

人生の主役は個々であるはずなのに、他者が主役で自分は脇役と考えてしまうのは、もったいない気もします。ですから、人間は何を目的に生きるのかを日々考えた上で、将来やるべきことを決めていくのが良いような気がします。

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「何を目的に人間は生きるのか」、それは答えはない永遠のテーマだと思います。

人それぞれ解答は違っていると思います。

ちなみに、私なりの考えは「自分も他人も幸せになること」というものです。

自分自身が幸せを感じながら日々を生き、同時に家族や友達などにも、自分なりに喜びを与えていく。その輪が広がったとき、いつか社会にも真の意味での豊かさがもたらされるのではないかという風に考えています。

将来やってみたいことを考える上では、「自分の本当にやってみたいこと」を直感的に考えてみるということが大切ではないかと思います。

何の縛りもなければ心の底からやってみたいと考えるのです。そして、そのなかで、「他人にも喜びを与えられるもの」を考えて絞り込むのです。

例えば、世界の美味しい料理をいろいろ食べてみたいと直感的に思った人がいるとします。それが仮に実現できたとしたら、その見聞を通して他人にどうすれば喜びを与えられるのかを考えてみるのです。

すると、美味しいお店をたくさんの人に教えてあげるのもよいでしょうし、レストランを開いておいしい料理を提供するのも他人を喜ばせることができるわけです。

そこでは、世間的に地位が高いかどうかといった基準や、全国的に見て時給が高いや安いかといったことはひとまず排除して考えてみるのが良いように思います。

「自分がやってみたいことか何か?」「他人に喜びを与えられることは何か?」その2条件を満たすものは何かを考え、将来やってみたい仕事の選択などに生かしていくのが良いのではないかと私は考えます。

そして決めたらば、あとは継続していくことです。継続する中で、人が集まってきてどこらかしらからチャンスが生まれてくるものだと思うからです。

他者と自分を比較をすること自体は決して悪いことではありません。実際、戦後の日本は他者と競争をし国全体の生産性を高めてわけですし。

ただ、それを、21世紀の現代にも適用し、個々の人間が自分が幸せか否かを決める基準にしてしまうのはいささか問題があると思うわけです。

他者との競争を意識しつつも、一方で、「自分のやってみたいこと」かつ「他人に喜びを与えられること」は何かを考えることが非常に重要だと思います。

あくまでも人生の主役は自分自身に置き、自他を満足させることを考えていく。それが現代の日本社会に求められていくのではないかと考えます。

自分も楽しみかつ誰かを幸せにできるならば、それが各々にとって真の「生きる喜び」につながるのではないかと思うからです。

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