現代の日本は飽食の時代であり、物質的な観点からすると豊かだといえると思います。
しかし、幸せを感じながら充実した毎日を送っているという人が多いかというと、先進国のなかでも最低レベルだといわれています。
健康で何不自由ない生活を送っているような人でも、「毎日がつまらない」といったようなネガティブな言葉を吐きながら生活を送っている人も少なくありません。
ただ、一方で、重い病気を抱え貧困にあえいでいる人のなかには「毎日充実している」と笑顔で語る人もいます・
一体、どうしてこのような違いが生まれてくるのでしょうか?
それはいくつかの要素が関わってくると考えられるわけですが、そのひとつは「現在の捉え方」に違いがあるのではなかろうかと思います。
今目の前で置いている出来事を「当たり前のことだ」と考えるのか否かということです。
そもそも前者のような人は、どうしてそのような不平不満をこぼす心理状態に陥ってしまうのでしょうか?
例えば、私の知り合いに、不平不満ばかり口に出して虚ろな表情を浮かべながら生活を送っている人がいます。さぞかし不幸な人生を送ったかというと、客観的に見ると真逆なのです。
裕福な家庭に育ち、高学歴で一流と言われる会社に勤め、素敵な人と結婚して子宝にも恵まれているのです。世間でいう「勝ち組」を絵に描いたような人なのに日々、不平不満を述べながら過ごしているのです・
一体、どうしてそのような心理状態になるかというと、おそらく本人は、現在自分が持ち合わせているものを「当たり前だ」と捉えているからだと思います。
そして他者と比べて自分が不足しているものを探しては、欠乏感を感じ不平不満を覚えるというわけです。
人間の欲には際限がありません。他者と自分を比べ、自分に足りないものを得たら幸せになれるに違いないと考える。
しかし、いざ努力してその足りないものを得たら幸せになれるかというと、そうでもないというわけです。
幸福感を感じることができるのは最初だけで、しばらくすると、欠乏感を感じるようになるのです。
なぜそのような心理状態になるのかというと、欲しかったものが得られた状態を「当たり前だ」と感じるようになってしまうからではないでしょうか?
そして、また違う何か違うものが欲しくなり、現在の状態に欠乏感を感じるようになるというわけです。それが延々と繰り返されるから、常に不平不満を感じていなければならないということになってしまうのです。
つまり、その思考のサイクルを断ち切らなければ、いくら努力をして社会的成功を収めようが、他人が羨むほどの活躍をしようが、不平不満ばかりの人生から逃れられないということになります。
では、その思考の悪循環に陥らないようにするためには、一体どのようなことに意識を傾ければよいのでしょうか?
それは、意識的に「感謝できることを探すこと」を習慣化することだと思います。
今自分自身が持ち合わせている素晴らしいものは何かないのかを探し、それに対して感謝の気持ちを持つように心の持ち方を変えるのです。
「特に思いあたらないよ」という方は、「今までの人生のなかで最悪だったとき」を思い出してみるとよいでしょう。
そのときと、現在を比較してみると、現在にある「感謝すべきことがら」が見つかりやすくなると思います。
例えば、極寒のなか食べるものがなくて苦しんだ過去にあったとします。その過去のワンシーンと現在を比較をすればどうでしょうか?
雨風をしのぐ家があり、あたたかい布団があり、おいしい食べ物があるというだけでも、感謝すべきありがたいことがらだと思えてくるのではないでしょうか。
人間は得るものを得たらそれが「当たり前だ」と感じてしまう癖があります。そして他者と比較して自分が足りないところを探して欠乏感を感じてしまいます。
その思考が習慣化すると、どんなに社会的成功をしても不平不満が絶えない毎日になってしまいます。
そうならないためには、今までの人生のなかで最悪だった過去と現在を比較し、「今ある幸せなことがら」を見つけ感謝の気持ちを持つことです。
それを習慣化することで、目の前に広がる世界が輝いて見えてくるはずです。