苦手なタイプの人に必要以上のイライラや怒りを感じるときの心理とその対処法

人間関係とは概して難しいものです。自分と合う人ばかりなら苦労もないのでしょうが、いろいろな性格の人がいるだけに大変です。

もし集団のなかに苦手なタイプの人がひとりでもいれば頭を悩ます種になっているかもしれません。

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苦手なタイプの人といっても、いろいろなケースが想定されますが「あの人は何だか分からないけれど接していて苦手だな」とイライラや怒りを感じるケースもあることでしょう。

今回、そのケースについてどういう心理状況なのか考えてみたいと思います。

苦手なタイプの人に対して感じる「イライラや怒り」。

その原因はおそらく、その相手と自分が「共通する要素」を持ち合わせていることにあるのだと思います。

「共通した要素」とは厳密にいうと、理性で無理矢理抑えている「思わしくない要素」ということになります。

その点、意外なことかもしれませが、それがイライラや怒りを誘発している原因となっているケースが多いように思います。

例えば私の知り合いに、時間にルーズな部下に対して延々と数10分に及ぶ説教をしてしまったと嘆いていた人がいます。

理由はその部下が数分遅刻をしたこと。もちろん遅刻は悪いことですし、上司が部下に改善を促すのは当然のことでしょう。

ただ、その部下の成長だけを考えるならば、数十分に及ぶ説教をするまでの必要性があったかというと、そうは思えないわけです。

部下に説教をしたその知り合いは,その部下に対し、言葉で言い表せないほどイライラと怒りを感じたそうです。

そして「どうしてそこまで腹が立ったのか自分でもよく分からないけれど、叱りすぎて部下にかわいそうなことをした」と話し反省していました。

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では、どうしてその知り合いは長時間に及ぶ説教に及んでしまったのでしょうか?

その理由はおそらく、部下に対して、遅刻を改善させる目的の怒りを通り越した「内面的な怒り」があったからだと思います。

そのムシャクシャした気持ちが大きかったため、そのイライラした気持ちを解消するのに短時間では足りなかったのでしょう。

その必要限度を越えた怒りは、一体何なのかというと、自分自身がその部下と同じ要素を持ち合わせているのを発見したことにあると思います。

本来自分自身も部下と同じくルーズな性格であるのに、それを過去に無理矢理修正した。そこでは修正しなければならない理由を十分理解し切れておらず,注意した人に迎合するために修正して取り繕った。

だから自分でも理解できない感情が湧いてくるのだと思います。

他人に合わせるために無理矢理ルーズな性格を抑えていたとすれば、それは条件の時点でそもそも無理があるわけです。

ですから、同じ要素を部下の行動のなかに見たとき、無意識のうちにその不快感が表出し、イライラや怒りとして爆発したというわけではないでしょうか。

本来自分自身が持ち合わせていながら他人に迎合するために押し殺した要素。それを他人の中に見た時、激しい怒りになって表出するというわけです。

それはある意味、気の毒なことかもしれませんが、その状態は自分にとっても相手にとっても望ましいことであるとは到底思えません。

ですから、そんな感情を自分のなかに感じとったときは、「ひょっとしたらあの人は自分と似た要素を持っているのではないか?」と自問してみるのをおススメしたいと思います。

相手が自分を映す鏡であるという考えが頭の片隅にでもあれば、相手に幾分かでも親しみが湧いてきてイライラや激しい怒りも静まってくることでしょう。

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