現代人が孤独を感じやすい理由と、日々幸せを感じるために重要なことについて

現代の社会は、孤独を感じやすい社会だといわれています。

数値上の指標においては物質的に豊かになっているため、他国の人からすると幸せを感じやすい世の中に変化を遂げているように思われがちです。

しかし、精神的豊かさもそれに比例して増したかというと、そうでもないといわざるを得ないというのが実際のところではないでしょうか。

スポンサーリンク

物質的には豊かになっているはずなのに、現代人はどうして精神的な豊かさを享受できない状態に陥っているのでしょうか?

その原因は複合的な要素から成るゆえひとことではいえませんが、そのひとつに「情報過多」というものが挙げられるのではないかと思います。

科学技術は本来、人々の暮らしを便利で豊かにすることを目指して発展を遂げてきました。

その発展のなかでテレビ、ラジオ、インターネットニュース、SNS、インターネット掲示板ほか、情報発信媒体が多様化していきました。

その結果、情報の即時性は増して確かに便利にはなったのですが、何だかつかみどころのないといいますか、どこか違和感のある社会になったような気もします。

多くの情報を見聞きできるようになったことは、一見すると高度で豊かな生活スタイルを確立できたと思われがちです。

確かにそういった面もあるのですが、人々が精神的な豊かさを享受したかというと、そうはなっていないような気もするわけです。

情報過多の日々を送っていると、表面的には豊かな生活を送っているように思えても、かえって幸福度は低下しているのではないかと思わざるをえないのです。

情報化社会が進んだことで人々の幸福度が低下したとすれば、その要因はおそらく、自分でものごとを考える機会が減ってしまったからではないかと想像します。

人間の脳は大量の情報を処理することに終始せざるをえなくなったとき、自分が見えなくなり、自己を過小評価しやすい状態に陥りやすいからです。

一方、そこでは、情報を発信する機器の発達が、実社会における人のつながりを希薄化させたという一面も見逃せません。

例えば仕事においても、誰と会わなくても、パソコンやスマホでメールでやりとりをすれば完結できる場面が多くなってきました。

それは効率化という面からすると確かに有意義なことなのですが、本来あった対面によるコミュニケ―ションが失われたという点では問題視すべきなのかもしれません。

なぜなら、五感を通して相手を感じられる場面が限定的になったことで「自分の居場所」というものを社会のなかに実感しにくくなったということも言えるからです。

スポンサーリンク

そういった一連の流れのなかで、人は社会のなかに自分の「居場所」を実感できにくくなり、安心感を持つことがなかなかできなくなったような気がするのです。

他の表現でいえば、自分が空洞化して自分の価値を把握できにくくなった。その結果、自分が何者かよく分からなくなり、自分が価値のないちっぽけな存在だと感じられるようになったのです。

その結果、自分に自信を持てない人が多くなり、孤独感を感じやすい社会につながっていったのではないでしょうか。

人間は社会においてさまざまな人とつながりを持ち、そのつながりを実感することで安心感をもつことができます。

それが希薄化したとき、不安に陥ってしまうのは自然の理というわけです。ただ、それぞれが単に大衆の中に身を置けば一連の問題が解決するのかというと、そうでもないと思います。

なぜなら、大勢の人たちのなかで過ごしても、心が通じ合っていなければ、精神的には単独でいるのと同等かそれ以上に孤独感を感じるだろうからです。

ですから、自分を認めてくれる、あるいは評価してくれる場を探し、そこに自分の「居場所」を確立するということが一連の問題の解決策になるのだと思います。

ありのままの自分を理解しあえる親友、ありのままの自分でも受け入れてくれる家族や恋人など。対面する形であってもなくても構わないとは思いますが、人とのつながりを実感できる「自分の居場所」を確立することが、日々の暮らしのなかで幸せを感じるために重要だと思います。

ただ、スマホやパソコンなどIT機器を介したコミュニケーションの場合、相手の存在を五感を通して感じることが難しいため、どうしても無機質になりがちという面は否めないと思います。

ですから、例えばメールで事足りる案件だとしても、ときには敢えて時間をとって人と会ってみる。

そのように「居場所」を五感を通して実感しようとする能動的な行動が、現代人が孤独感を解消するためには必要になってくるのではないでしょうか。

あるいは、スマホやパソコン、テレビなど情報を発信する機器を使わない時間を意識的に設けることも有効な手段だと思います。

受信する情報量を意図的に減らすことで、目の前の問題をシンプルにすることができるからです。そうすると、自分でものごとを考えるという本来の感覚が回復してくるのではないかと思います。

皮肉なことかもしれませんが、現代人が孤独感を解消するための解決策は、情報化社会以前の「シンプルな生活」のなかに隠されているような気がしてなりません。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク