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私が考える「幸福な人」とは

人生には思い通りにいくときもあれば、努力をしても思うように展開しないこともあります

自分が思い描く未来が開けないと、人は「自分は能力がない人間だ」「運が悪い人間だ」などと自己を否定的にとらえ嘆く傾向があります。私も長くそのように感じていました。

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思い通りにならなければ「失敗」と考えるのは悲しいこと

しかし実際のところ、自分の思い通りにいくか否かで人生に白黒をつけていくことはしんどいことですし、意外と味気なかったりします

なぜなら、予定通りに目標を達成できたときにしか喜びを得られないからです。

目標を達成できたときはよいかもしれませんが、もし叶わなかったとき、そこにまで至るプロセスまで無駄だったということになってしまうならそれは悲しいことではないでしょうか?

思い通りの結果がでなかったとしても、そこに至るまでにいろいろ学びや発見があったはずだからです。それを「失敗」という2語で片付けてしまうことは、非常に悲しくもったいないことだと思うのです。

そういう白黒つける考え方が、「幸福な人生を送る」という点からするともったいないことだということに気づかせてくれたのはある年配の方との出会いでした。

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大病を患いながらもいつも笑顔でいる人

その方はいつもニコニコやさしい笑顔を浮かべながら積極的に人前でも出て話をされていました。

悩みが何もなさそうなその穏やかな表情からは想像しがたいことでしたが、その方はかつて癌を患い死の淵から奇跡的に生還したという壮絶の過去があったそうです。

医学的な観点からすると癌はいつ再発をしてもおかしくない状況で普通ならば不安と恐怖で絶望してしまってもおかしくないはずです。

しかし、どういうわけか、いつも穏やかな笑顔で生活を送られているのです。

私はどうしてそこまで幸せそうにされているのか疑問に思い、話を聞いてみるとこんな回答が返ってきました。

「癌になったおかげで自身の考え方を変えることができましたし、そのおかげで社会貢献させていただけるのです。そう考えたら全てがありがたいのです」。

そして、何と癌にまで感謝しているのだということも話しておられました。

その話を聞いて私は、一体どちらが健常者なのか分からなくなりました

なぜなら、持病を持っていない私よりその方の方がはるかに健康的でずっと生き生きと過ごしているように思えてならなかったからです。

ものごとを良いように解釈することの大切さ

私はその場面を通して、仮に客観的に不幸で絶望的な状況であっても、プラスの条件づけをすることで生きるエネルギーに転化できるということを知りました。

例え世間が何と言おうと現状を良いように解釈する。そうすることで、どんな困難な状況であっても人は幸福を感じて生きていける可能性があると知りました。

例えば、傘を忘れた日に雨に降られたとき、人は次のように言うかもしれません。

なんて運が悪いんだ。服もびしょ濡れになって最悪じゃないか!」。

確かにそれは真っ当な感想かもしれません。しかし少し視点を変えてみれば次のように解釈することもできるのではないでしょうか。

植物が育つ恵みの雨だ。ありがたいな
天然のシャワーを浴びれて心地よいな

どんなに不幸と思える状況であったとしても、それを自分なりに良い解釈をして生きるパワーに転化できる人、そんな人こそが私は「幸福な人」ではないかと思いました。

確かに現代の日本社会は資本主義社会なので、地位や名誉、お金などあれば有利にはたらくかもしれません。ただ、それらは付加価値にすぎず最も重要なのは「心の持ち方」なのではないでしょうか?

重要なのは、普段から心の鍛錬を行いものごとをど感謝の気持ちをもってプラスに解釈するかではないかと思うのです。

そういったことを考えたとき、思い通りにいかない自分も含めて、すべてを愛し受け入れること。それが人が生き生きと幸せに生きていくために最も重要なことではないかな?と私は思います。

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