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自分嫌いを克服し、幸せを感じながら生活を送るためのヒント

傍から見たら、何不自由なく過ごしているように見えても「自分は不幸だ」「私には運がない」といったように自分を嘆いている人がいます。

一方で、不治の病を患っていたり貧困にあえいでいたりしていて一見すると不幸せに見える人の中にも、目を輝かせて生きている人もいます。

そういったことを鑑みると、「幸せ」か「不幸」かの最終的な分岐点は物質的なものというよりも「心の在り方」にあるような気がします。

「幸せでない」と自分を語る人にはいくつかの共通点があります。そのひとつが「自分自身のことが好きではない」というものがあるのではないかと思います。

私たちが幸せを感じながら日々を送っていくためには「自分自身のことを好きになる」必要があろうと思います。

しかし若者を中心に、現代では自分のことが好きになれず自己嫌悪に苦しんでいる人が多くいます。

そこで今回は、「自分嫌いを克服し、幸せを感じながら生活を送るための考え方」について綴ってみたいと思います。

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人が自分嫌いの原因となる2つの要素

「自分と一緒にいても楽しいわけないですよ」
「私なんてどうせ取るにたらない人間なので」

そういったネガティブな言葉をつい発してしまったことはありませんか?

一見すると控えめで謙虚な人だとも思えるわけですが、そういった言葉の奥には「自分自身のことが好きではない」という心理が見え隠れします。

財産や社会的地位があって何不自由なく生活しているような人のなかにも、自分を好きになれない人がいます。

そういった人は、客観的にはたくさん恵まれたものを持ち合わせていても、常に心に不安を抱き、自分に失望感を感じながら過ごしています。

普通に考えると、そういった人は毎日を笑顔で楽しく過ごしていておかしくないように思えます。そのようにならないのは一体どのような理由があるのでしょうか?

それは「失うことの恐怖」から「足りない部分」を真っ先に探す思考回路が何らかの理由によって形成されてされているからだと思います。

自分嫌いの人でも、赤ちゃんのときは皆例外なく、自分が嫌いではなかったはずです。つまり、成長する過程のなかで、何らかの影響を受け次第に自分に自信をもてなくなってしまうということです。

人が自分嫌いになる原因として第一に考えられるのは、「育った家庭環境」です。家庭において親は子供にとって絶対的な存在ですし、幼少の頃に親から与えられた価値観やものの考え方は脳に刻まれやすいからです。

例えば、成果主義で厳しすぎる家庭で育った子供は、自分嫌いになることが多いといわれています。

人が自分嫌いになってしまう原因は大まかに分けると2つあると思います。

①「他者と比較してばかりいる
②「完璧を追求しすぎている

人が自分嫌いになる原因①「他者と比較をしてばかりいる」

日本人は競争が好きです。進学、就職、子育てなど、物心ついたころから死ぬまで、さまざま場面に他者との競い合いがつきまといます。

社会に競争が促されることは全体をまんべんなく底上げしていくという意味では一定の効果を成しているのかもしれません。

しかし個々の人間レベルで見てみると、それがさまざまな弊害を生む原因になっているようにも思えます。「自分が好きになれない」考える人が若者を中心に多いことはそれも物語っていると思います。

競争を重んじる社会においては、各家庭にも同じような競争原理が持ち込まれやすくなります。厳しい家庭で育った人なら、兄弟や近所の子と比較されて、子供のころから競争が促されることでしょう。

例えば「隣の○○ちゃんはあれだけ優秀なのに、どうしてあなたはこんなに出来が悪いの!?お前なんかうちの子供じゃない」みたいな心ない言葉を親から浴びせられながら育った子供もでてくるわけです。

そのように他者と比較され、親から心ない言葉を日常的に受けていれば、子供は自ずと自己嫌悪し自分に自信を失っていきます

「よし!○○ちゃんに勝てるようがんばるぞ!」などと思えるポジティブ思考の子供もいるにはいるでしょうが、その割合は多くはないでしょう。

多くは「自分は生きている価値がない」「私は無能な人間だ」というふうに自分を否定的に捉えてしまうようになります。

その結果、自分を押し殺して他人の目を極度に怖れるようになり、ストレスをためこんでいくというわけなのです。

確かに、厳しさのなかに身を置けばいろいろな面で鍛えられるというメリットはあるとは思います。しかしそのように自分を否定的に捉えストレスをため込む日々が幸せであるとは到底思えません。

親は親なりに「子供に強くなってほしい」「大きく成長して欲しい」と子の幸せを願って敢えて厳しい言葉を選んだのでしょう。しかし残念ながらその真意は子供にうまく伝わらないものです。

他者と比較され否定されてきた子供は、高い確率で自分の価値を見失っていきます。せっかくさまざまな長所を持ち合わせていたとしても、「自分は足りない部分があるから幸せになれない」というふうに思い込んでしまいます。

また、もし親の期待に応える形で他者との競争に勝っていったとしても、世間には上には上がいるもので、他者に勝ちつづけるというのは難しいことです。

そこでは「次は失敗するかもしれない」という不安や恐怖におびえなければいけなくなるわけなので、結局は心の平安を得ることは難しいということになってしまいます。

厳しすぎる家庭で育って「怒られること」を極度に怖れる人の心理と改善策

ですから、人が何かに怯えることなく心の平安を得るためには「不足しているもの」を数えるのではなく、「持ち合わせているもの」を数えることを優先的にすべきだということがいえるのではないかと思います

もちろん他者と競い合うことは切磋琢磨して互いを高めていけるというメリットもあるでしょう。しかしそれが日常茶飯事となると、人が幸せを感じながら生きていくという観点からするといろいろ無理がでてくるというわけなのです。

他者と比較するということをあまりに徹底しすぎると「自分嫌い」になりやすくなります。

他人と自分を比較すると、他者と比べて「自分に足りないところ」にどうしてもフォーカスして考えがちになるからです。

「足りない」と感じるものが一定の努力で手に入るものならまだよいかもしれませんが、そうでない場合、自分自身を責める方向に向かってしまい、自分のことがどんどん嫌いになってしまいます。

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比較対象を他人から自分にシフトさせる

他者と比べることで自分の価値を決める姿勢を無理に貫こうとすると、どんなに能力の高い人でも精神的に疲れ果ててしまいます。

どんなに努力しても欠点のすべてを補うことなど延々にできないだろうからです。

そういったことを考えたとき、他者との競争は生活を送るなかのごく一部にとどめておいたほうがよいと私は思います。

「人は人、自分は自分」と考えて他者と自分を比較する場面を意識的に多くつくりださないことが大切なのです。

とはいえ、比較することによって現状を知り、ものごとの判断や認知をせねばならない場面は少なからずあるものです。

それならば、比較対象を「他人」ではなく「過去の自分自身」に設定してみてはどうでしょうか?

他人と比べて上か下かではなく、例えば「今までの人生で最悪の日の自分」と比較してみるのです。すると、不思議と心が軽く感じるのではないでしょうか?

心が軽くなる理由は、比較対象が自分自身であるだけに、成長していようが後退していようが、いずれにしても自分を認め受け入れることができるからです。

また「人生最悪の日」と比べることで今の自分が持ち合わせているプラスの面に自然と目が向かうからです。

過去の自分と比べて成長していると思えば「よくできた!」と今の自分を褒めることができます。

そんなとき、例えばこんなふうに褒めてみてはいかがでしょうか?

・(あのときと比べて)仕事が安定した。よくできた!
・(あのときと比べて)友達が増えた。よくできた!
・(あのときと比べて)毎日が楽しく感じる。よくできた!
・(あのときと比べて)親孝行をできている。よくできた!
・(あのときと比べて)心穏やかに生活できている。よくできた!
・(あのときと比べて)人に感謝される場面が増えた。よくできた!
・(あのときと比べて)貯金が増えている。よくできた!
・(あのときと比べて)勉強をして知識も増えた。よくできた!
・(あのときと比べて)表情が明るくなったといわれる。よくできた!

一方、仮に後退していた面があると感じたとしても「あのときの自分は素晴らしかったなあ。私の人生は上出来だ!」とこちらも自分の歴史を評価することができるのです。

つまり、いずれにしても自分自身を受け入れることができるということなのです。

現代は情報があふれる情報社会です。それだけに、他者と自分を比較する場面が多くあっても比較対象を自分自身に設定するという発想自体が生まれにくくなっています

ですから、情報社会の波にのまれないようにするには、意識的に「自分自身」を比較対象を定めたほうがよいと思うのです。

人生の主役は他人ではなくあくまでも自分であるべきです。

自分自身の歴史をつくっていくというイメージで自分の長所や持ち合わせているものを一つでも多く発見し、それに自信を持つことが、各々が幸せを感じるためには重要な要素ではないかと思うのです。

自分嫌いになる原因②「完璧を追求しすぎている」

特に厳しすぎる家庭で育った人は、自身に求める基準が高い地点に設定されています。それが自分自身を無意識のうちに苦しめ、自分嫌いの原因になっているのかもしれません。

少し失敗しただけで親から激しく叱咤されつづけたり、人格を否定するような言葉でののしられたりしたような辛い過去があるならば、自ずと人は減点思考になっていきます。

そして、いつしか自分の感情を押し殺すようになり「嫌われないために○○しない」「認められるために○○する」という消極的な理由が行動の動機になっていきます。

そういった自分を押し殺してきた日々を長年にわたり過ごすことを余儀なくされた人は、心のなかにストレスと怒りをため込んでしまうものです。

そして、それは大人になってからもさまざまな場面で悪影響を及ぼします。例えば、漠然とした不安や恐怖を感じやすくなることはそのひとつだと思います。

大ざっぱな性格の人ならうまくストレスを解消していけるのかもしれませんが、几帳面で真面目な人の場合、なかなかそうはいきません。

自分に足りない部分を埋めることに全力を注いでしまうのです。

その結果、極度の完璧主義に陥ってしまい、ますますストレスをため込んでしまうという悪循環に陥ってしまいます。

自分嫌いの人はどれだけ多くの富を築こうが社会的地位を得ようが、現状に満足することができません。「まだまだ全然足りてない」と考えてしまいます。

客観的には十分満ち足りていても、飽き足らずさらなるものが欲しくなります。

それは向上心というよりもおそらく「失うこと」の恐怖と不安があるからだと思います。

ストイックであることは、場面によっては大切なことだとは思います。しかし、その姿勢をあまりに徹底しすぎると「自分嫌い」につながってしまいかねません。それが問題なのです。

なぜなら、自分の欠点ばかりに目がいくため、良い部分が見えなくなってしまうからです。

その結果、自分は欠点だらけの人間だと思い込んでしまい、自他にめっぽう厳しく自分自身を粗末にしてしまいやすくなるのだと思います。

せっかく良い面がたくさんあるのに、それに気づかず、生かすこともできないというのは非常に惜しいことです。

その状態を改善する方法、それは「失う勇気を持つ」ということだと思います。

極度に完璧主義の人は「忍耐をしなければならない」「自分の意見を言ってはいけない」といったマイルールを無意識のうちに設けています

それらのマイルールは厳しすぎる家庭で育ったことなどが原因で、親から怒られないために、親から嫌われないようにするための自己防衛策なのだと思います。

潜在意識がそれらのマイルールを深く記憶しているため、今まで築いてきたものが少しでも崩れる可能性がある場面と遭遇したとき、条件反射的にその思考回路が発動してしまうのでしょう。

だから恐怖や不安を人一倍感じやすいのです。

しかし、残念なことにそれらのマイルールは家庭から一歩出たら通用しないもの。かえって、自分自身を苦しめてしまう原因となりかねないのです。

例えば厳しい親から「子供は風の子だから、いかなる場合でも耐えろ」と言われあがら育てられ、風邪で高熱がある日にも学校を休ませてくれなかったとします。

それに疑問を感じながらも「親から認められたい」がために「自分の意見を言ってはいけない」というマイルールを発動して受け入れてきたとしましょう。

しかし、それは家庭内では通用しても、家庭外ではまかり通らない判断であるわけです。高熱があって体調が悪いならば場合によっては命にかかわるかもしれませんし、風邪菌をまき散らすことで周囲に迷惑をかけることにもなるからです。

ですから、もしそういった不可解なマイルールが自分のなかに設けられているならば、それらが本当に正しいのかどうかを再度点検してみることが必要だと思います。

そして、「正しくない」と思うならば、勇気を持ってそのルールを捨ててしまうことです。

「親から嫌われないように」「他人から怒られないように」といった消極的な理由で無理やり受け入れた価値観は、「失うことの不安」からくる自己防衛策です。

それは本来自分がしたいことではないわけですから、ストレス蓄積の原因となってしまいやすいのです。

親や社会的立場が上の人が言ったからといって受け入れる必要はないと思います。肝心なのは自分自身がそのとき本当はどう思っていたかです。

もし「他人がどう思うか」を「自分がどうしたいか」より優先してしまっていたならば要チェックです。

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自分の感情を大切に行動する

日々の暮らしのなかで、どんな行動をとるべきか判断する場面が人それぞれあるかと思います。

自分嫌いの人はその行動の動機が、「他人からどう思われるか」「世間の常識がこうだから」ではなっているのではないでしょうか?

そうなっていないかを今一度チェックしてみることをお勧めしたいと思います。

もし思い当たることあるならば、自分が「本当にやってみたいこと」「楽しいと思えること」は何なのかを考え、それを優先することを考えることが状況の打開策になってくると思います。

自分の感情と冷静に向き合い、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと自由に表現してみる。しんどかったら休んでもいいし、他にやりたい仕事があるならば、転職したらいい。

要は自分の意思を尊重するということです。

自己肯定感の低い人が、自分を好きになる方法

失ってもいい」「嫌われてもいい」そういう気持ちを持って、自分の感情を信じ行動をすること。それがストレスをためないために重要だと私は思います。

とはいえ、いきなり自分の感情を重んじる行動をとれといってもなかなかできないものですし、相応のエネルギーがいることでしょう。ですから少しずつ変えていけばいいと思います。

自分自身を縛っているルールを敢えて破ってみる。あるいは逆のことをやってみるのです。

厳しすぎる家庭で育った人は、周囲の目を気にしながら、嫌われないようにたくさん頑張ってきたはずです。

そこでは足りないところを埋める努力を重ね、自分の本当にやりたかったことや他者に伝えたかったことを抑えてきたはずです

ですから今後は勇気をもって自分の感情を大切に行動をしてみてはいかがでしょうか?

完璧を目指さず「少しくらい嫌われてもいい」「少しくらい失敗してもいい」くらいに考えて敢えて余白をつくっておく。

自身に掲げている高いハードルを意識的に下げ、敢えて少し「鈍感」になってみるのです。そうすることで気持ちが随分軽くなり、ストレスが蓄積されにくくなるはずです。

繊細で敏感な性格の人が、他人の目を過度に気にする心理と心穏やかに暮らすための改善策

なお、完璧主義の人は「成果を出せさなければならない」と考える傾向もあります。それについても本当にそうなのか?と自問してみた方がよいと思います。

実際のところ、それは本人の思い込みにすぎないからです。今のままでもよいのです。

秀でた才能や能力がなくても個性的でなくても、財や地位がなくても、世間には受け入れてくれる人、愛してくれる人が必ずいるものなのです。

それを今一度考えてみて、もっと自分に自信を持つことが幸福度を高めるために重要なのです。

持ち合わせているものを数える

自分を好きになるためには、ありのままの自分を好きになるということが大切です。

特に厳しすぎる家庭で育った人にとってその作業は難しく感じるかもしれませんが、考え方を変えていけば少しずつできるようになっていきます。

見逃しているだけで日常生活にはたくさん幸せなことに満ちているものです。それを再確認する習慣を持つことで自分が生きている素晴らしさを実感しやすくなります

例えば

・今日の夕陽はきれいだった。幸せだなあ
・かわいい鳥のさえずりが聞こえる。幸せだなあ
・今日はちょうど過ごしやすい気候で幸せだなあ
・スマホやテレビなど便利なものがたくさんあって幸せだなあ
・家族が幸せで幸せだなあ
・食べるものがあって幸せだなあ
・やる仕事があって幸せだなあ
・教科書ではいろんな知識を体系的に学べる。幸せだなあ
・文字を読めていろんな情報を得られる。幸せだなあ
・心配してくれたり祝ってくれる友達がいて幸せだなあ

どれも意識しなければ「当たり前だ」と見過ごしてしまうことばかりです。しかし、ふと足を止めて考えてみれば実は素晴らしく奇跡的なことばかりなのではないでしょうか?

足りないものを数えるのではなく、すでにあるものを数えることを習慣にする

そうすることで日常生活が輝いて見えてくるようになります。この「今」というこの一瞬にも幸せなことがたくさん起きているのです!それを一つでも多く発見し、感謝の気持ちを持つことが大切です。

また、人間は呼吸をして今生きているというだけで大変素晴らしくかけがいのないことではないかと私は考えます。

人間はそこに存在するだけで十分すぎる価値があるのです。

そして、子供がどんな欠点を持っていても無償で愛してくれる存在が「」です。どんな厳格な親であっても内心は子供の幸せを切に願い、無償で子供のことを愛しているものです。

親がご健在な人なら、自分が生まれた日の話を聴いてみたらよいと思います。どんな厳格な親でもうれしくて一瞬顔をほころばせるはずです。

それだけ「命が誕生する」ということは人に大きな喜びや感動を与えることなのです。自分が生まれた日に親に大きな喜びと感動を与えることができた。それだけでも、人間は生まれてきた価値が十分あるといえると思うのです。

「この世に無事に生まれてきた」ということに比べたら、他人と競争して上か下かなど、どうでもいいことほど小さいことだと思えてきませんか?

他人と比べて不足しているものがあっても、落ちこぼれでも財がなくてもさほど問題ではないと思うのです。

それよりも、自分のことを好きになって、生きていることの素晴らしさをかみしめ、「これだけたくさんのものを持っているから自分は幸せだなあ」と感動をしながら生きていくこと。それが幸せを感じるためには最も大切なのです。

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「他人のために何をできるか」を考えて生活する

自分を好きになれない人は、自分の欠点を発見しそれを嘆くことに多くの時間を費やしてしまいがちです。

そこでは無意識のうちに、自分自身のことだけを考えることに精一杯で、心が疲れている状態になっているのではないでしょうか?

「全員から嫌われてはいけない」「絶対にミスをしてはいけない」などと無理に考えると他者は自分の価値を決める裁判官のような存在に思えてくるもの。すると自ずと思考がネガティブな方向に引きずられやすくなってしまいます。

そのネガティブ思考を断ち切るためには、「他者を喜ばせることを考える」ことにもっと重点を置いてみてはいかがでしょうか?

周囲の人間を「どうすれば喜ばせられるか」を考える時間を増やすのです。

なぜその他者を喜ばせることに視点を置く思考が有効なのかというと、それによって自分の欠点を考える思考をシャットアウトすることができるからです。さらに0から積み上げていく感じでものごとを考えることに意識が向かうため、ポジティブな気持ちが生まれやすいのです。

例えば、誰かに何かプレゼントをするとき、何を選ぶか考えるだけでワクワクしてきませんか

その理由はプレゼントを渡した相手の喜ぶ姿を想像し、その人の幸せを無意識のうちに願うからだと思います。

他人の立場に立ってみて「こうしてもらったら嬉しいだろうなあ」「こんなものをもらったら喜ぶだろうなあ」といったことを考えてそれを実行に移してみるのです。

プレゼントするといっても、ごく簡単なことでもよいと思います。

例えば

・道を歩いていてゴミが落ちていたら「この道を通る人が清々しい気持ちになればいいなあ」と思いながらごみを拾っていく。
・電車やバスに乗って、お年寄りや妊婦の方を見かけたら率先して座席を譲る
・早朝、新聞屋さんが新聞を投函しているのを見たら「いつもご苦労様です」とねぎらいの
言葉を掛ける
・重たい荷物を担いでいるおばあさんが階段を上っていたら、率先して荷物を運んであげる。
・知り合いの誕生日や記念日を知っていたらお祝いのメールを送る
・家族が笑顔になることを考えて料理をつくってみる
・悲しんでいる人を見かけたら声を掛けて励ます

小さなことでいいと思うのです。そこでは、相手がこうされたら嬉しいかなあ、助かったと感じるだろうなと思ったことを、自分ができる範囲で行う。

ただ、あくまでも「自分が可能な範囲」でというのがポイントです。なぜなら、少しでも負担に感じてしまうとそれは完璧を目指す方向に意識が向かってしまい逆効果になるからです。

嫌いな人や苦手な人に対しては「この人が幸せになりますように」とその人の幸せを願う。働いている人なら、お客様が良いサービスを受けれたと喜ぶ姿を想像しながら仕事をさせていただくことを考える。

損得勘定を一切廃し、他人の幸せを一心に考えて自分にできそうなことを実行する。そこでは他人に対してだけではなく、自分に対してもいたわりと感謝の気持ちを持つ。

そういったことを習慣化することによって、自分が傷つかないか否かや、得をするか損をするかなど考える隙がなくなります。

ちいさな善行をコツコツ重ねていくと結果的に「ありがとう」という感謝の言葉をいただけるため、さらに自分が幸せを感じる機会が増えることになります。

他人が喜ばせるために何をできるかを考えることでワクワクするものです。

他者に小さな幸せを与えることによって他人はもちろんのこと、それが自分の幸せにもつながっていく。その好循環が生まれてくると心が澄みきり、生きていることの素晴らしさをますます実感できるようになってくると思います。

豊かさを他者に与えることの重要性

足りないものを数えるのか、それとも持っているものを数えるのか。その少しした違いなのかもしれません。

ただ、それが非常に重要で、その違いこそが毎日を「幸せだ」と感じるか「不幸だ」と感じるかの分岐点だと思うのです。

まとめ

自分嫌いの人は、厳しすぎる親に育てられたなどが原因で、他人と自分を比べたり、自分の足りないところを考えたりする思考回路が固定化されています。

それは「失うこと」に対する恐怖心が人一倍強いからだと思います。その状態を改善するには「過去の自分と今の自分を比較する」ことや、「捨てる勇気」を持つことなどが考えられます。

また、「他人の幸せ」を一途に考えながら、自分でできる範囲で日々善行を行う意識を持つこと、身の回りで起きている素晴らしい出来事を数えることを習慣化することなどによって、自分のことが好きになり、幸せの連鎖が生まれることでしょう。

「足りないものを数える」ことより「既にあるものを数える」ことを優先させることが幸せを感じる日々を送るために重要なのです。

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