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他人に気を遣い過ぎて疲れやすい人の心理と性格の改善策

皆さんの中に、他人に気を遣いすぎて疲れてしまっている人はおられませんか?

もしおられたら、日々ストレスが蓄積されやすくしんどい毎日を送っておられるのではないでしょうか?

誰かに気を遣うことは社会を生きている上で重要なことです。

しかし、その度が過ぎているとストレスが溜まりやすく、いろいろな面で生きづらくなってしまいます。

そこで今回は、他人に気を遣い過ぎて心の疲れを感じやすい人の心理と性格の改善策について書いてみたいと思います。

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他人に気を遣って疲れてしまう人の心理

他人のことを考えて行動をする人は、一般的には献身的で謙虚な人だと評価される場面が多いかと思います。

しかし、もし行動をするなかで、精神的な疲労感を感じることが多いならば、一歩立ち止まって現状を確認してみる必要があるかもしれません。

何を確認するのかというと、果たしてとった行動は他人のことを思っての行動なのかという点です。もし誰かのことを思うよりも自分自身が傷つくことを恐れての行動ならば要注意です。

他人に気を遣いすぎる人は、真面目で繊細な性格ゆえに「他人に迷惑をかけてはいけない」「良く思われないといけない」と考えがちです。

そこでは未来に起きる可能性があるリスクに備え、それらを回避することを第一に考えた行動をとります。

もし想定される脅威に対してうまく対処できなければ、他人からの評価が地に落ちてしまい自身が傷つくかもしれない。それを怖れているのです。

そこで注視すべきことは、他人のことを気遣っているように見えて、実は自分自身を守ることを第一に考えているという点です。

もし自分の本心から行動をしているならば、心が疲れることはなかなかないものです。しかし、不安や恐怖心からの行動である場合、緊張状態を強いられるため疲れやすくなってしまうのです。

他人に気を遣いすぎることの原因とは

他人に気を遣いすぎて疲れてしまう人は、自分が傷つくことを極度に怖れます。どうしてそこまで傷つきやすいのかというと、おそらく何らかの劣等感を抱えているからだと思います。

何らかの要素について、自分が他人と比べて劣っていると強く思い込んでいる。その劣等感を刺激する可能性がある出来事が目の前で起きると、敏感に反応してしまうということなのだと思います。

その結果、何か慣れないことをするたびに極度に緊張したり無気力になったり、あるいは
その問題から逃げるという消極的姿勢をとってしまうでしょう。

他人に気を遣い過ぎる人の特徴として、「マイナス思考」でものごとを考えがちであるということがあります。

本人はせっかく素晴らしい魅力を持ち合わせていても、プラスの側面についてはさほど目を向けず、ものごとの悪い面ばかり見ている。それも劣等感を刺激するものに対し敏感になる理由でしょう。

自分に自信があり、日々幸せを感じながら生活している人ならば、少々劣等感があっても、それを跳ね返すだけの精神力があります。しかしそうでなければ、ネガティブ思考に陥り、他人を怖れその目を必要以上に気にするようになります。

その原因は親が支配的であまり褒められず育ったり、あるいは他人と比較ばかりされて幼少期を過ごしたりしたなど、過去の体験が影響を及ぼしていると考えられます。

何らかの劣等感を抱え、それを意識ばかりしていると、自然と「自分は取るに足らない人間だ」と思い込むようになり、自分の卑下しながら毎日を過ごすことになります。

あるいは厳しく育てられたため、自他に課すルールのハードルが必要以上に高いケース。

その結果、自分より上の存在(=他人)に対して圧迫感を感じる機会が増え、必要以上に気を遣ってしまうという悪循環に陥ってしまうのだと思います。

他人に気を遣いすぎることのメリットとデメリット

といっても、他人に気を遣いすぎること自体は悪いことではありません。デメリットだけではなくメリットもいろいろ存在しているからです。

例えば、「大きな厄介ごとに巻き込まれにくい」というメリットが挙げられます。他人にたくさん気を遣って行動すれば、それだけ慎重に行動するわけですから、トラブルには巻き込まれる確率も低くなると考えられるからです。

また、他人に嫌われまいと差しさわりのないことしか言わないために、誰かに憎まれる可能性も低くなることでしょう。

そういう意味で、全体としては大きな失態をおかすことなく、少なくとも表面的には堅実な毎日を送っていけると思います。

ただ、他人に気を遣い過ぎることは、さまざまなデメリットを生みます。デメリットの主たるものは「ストレスの蓄積」です。

他人に気を遣い過ぎるということは、常に他人からの評価を怖れていなければいけないことを意味するため、心の休息をすることができないのです。

また、「他人に嫌われてはならない」「失敗してはいけない」と義務的に考えてしまい、慣れないことをするたびに極度の緊張に強いられ精神的に疲れ果ててしまいます。

その結果、自分の本心を他人に言えなかったり、他人からの無理な要望を受け入れてしまってさらにストレス蓄積を重ねてしまいます。喜ばしい出来事があったとしても、未来の不安が頭から離れず心から喜べず、常に何かに怯えてていなければいけないということにもなります。

また、傷つくリスクから避けるために、行動がどうしても消極的にあります。すると、チャレンジすることもなくなり、いろいろなチャンスを逃してしまうということにもなりかねません。

他人に気を遣いすぎる性格を改善するには

では、どのようにすれば、他人に遣いすぎる人はその性格を改善できるのでしょうか?

それはものごとを「プラス思考」で考える機会を増やすことです。

他人に気を多分に遣うことは、ものごとを慎重に進められるメリットもあるのですが、マイナス思考でものごとを考える時間が多くなってしまう。それが問題なのです。

つまり、プラス・マイナスのバランスをとればいいのです。

改善策としては、「マイナスなことをひとつ考えたら、必ずプラスのことをひとつ考える癖をつける」ことが挙げられます。

例えば、明日、顔見知りでない人と一緒に仕事をしなければならないとします。すると、他人に気を遣いすぎる人は瞬間的にこんな感じのこと考えてしまうことでしょう。

「もし嫌な人だったらどうしよう?最悪の1日になってしまうだろうな・・」

そして、その不安や恐怖から、その脅威を何とか回避しなければいけないと焦り悩みこんでしまうことでしょう。

そんなときは「ひとつマイナスのことを考えたのだから、プラスのことをひとつ考えてみようと」と考え、「プラス思考」でもその未来を想像してみるようにするのです。

例えば

「ひょっとしたら尊敬できる素晴らしい人かもしれない。良い出会いの記念すべき一日となるかもしれない」という具合に。

マイナスのことをひとつ考えたら、プラスのことをひとつ考える。そう決めておくことだけでも気持ちも随分ラクになるのではないでしょうか?

それは、プラス・マイナスの両方から未来を考えることで、ものごとを客観視しやすくなるからです。

そして、慎重にものごとに取り組める良い面を残しながら、精神的な落ち込みを避けることができるというわけなのです。

日々の出来事を通して、そういった思考を繰りかえしているうちに、ものごとの悪い面だけでなく良い面にも自然と目が行くようになるはず。

このルールは、起こる出来事に対してだけではなく、人に対して(自分自身および他者)も同じく適用してみるとよいかもしれません。

例えば、仕事でミスをしたとき「ああ、なんて自分は無能な人間なんだ・・社会人として失格だな」などとマイナス思考で考えてしまったとします。

そんなときは直後に、プラスのことを考えてみるのです。

「でも、このように仕事を頑張っている自分って最高だな。すごいことだ!」みたいに。

そうすることで、謙虚な姿勢を失うことなく、自信も維持できるというわけです。

他人と会って相手の欠点にうんざりしたときも同じように活用してみるとよいでしょう。

例えば苦手な上司がいて「あの上司は、上から目線で苦手だな」とマイナスに考えてしまったとします。

そんなときはその直後に

「でも、あの人は仕事に責任をもってこなす点は感心できるな」みたいにプラス思考で評価してみる。

そうすることで、他者についても長所と短所の両方からより客観視的に評価できるようになります。結果的に、仮に苦手な人と会った時も、その苦手意識が緩和され、誰かを心ない言葉で傷つけてしまうことも少なくなるでしょう。

そして他人に対しても寛容になることで、好感を持たれやすくなり、人間関係も円滑になっていくと思います。

なお、良い点に真っ先に目が行ったならば、もうひとつ良い点を見つけてみる。そうすることで、さらにものごとの良い面に目が行くようになっていけるでしょう。

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他人に嫌われてもいいと考えること

では人に気を遣いすぎる人は、どうして他人に嫌われるのをそこまで怖れるのでしょうか?

それは、おそらく「他人からは嫌われてはいけないものだ」という考えが自分の中で常識化しているからだと思います。

それは例えば、支配的な親から厳しく育てられたなどの要因が考えられます。

厳しすぎる家庭で育って「怒られること」を極度に怖れる人の心理と改善策

無意識のうちに「全員から好かれなければならない」と思い込んで普段生活をしている。だからしんどくなるのです。

その概念が心を縛っている限り、対人関係で常に悩み行動も消極的でありつづけることでしょう。

ですから、性格を改善するには、その常識化されている概念を変えていく必要があるのではないかと思います。

例えば、「他人に嫌われてはいけない」ではなく、「他人から嫌われても構わない」というふうにその概念を変えてみたらよいのではないでしょうか?

そもそも人には相性もありますから、現実社会において全員から好かれることなど不可能なことです。例えば、好感度が高いとされるタレントであっても必ずアンチ層は必ず存在します。その状況は仮にそのタレントが「嫌われないための努力」をどれだけしようが大して変わらないことでしょう。

それはアンチの人々がひねくれているというよりも、人によって価値観がさまざまで好き好みは千差万別だからだと思います。つまり、人の好みというのは努力ではどうしようもない部分が多分にあるということです。

ですから、そのことをふまえ、対人関係においては「合わない人がいても当たり前のことだ」とあらかじめ割り切って考えておくのがよいと思います。

なお、どうしても不安が解消されないならば、想定しうる「最悪の事態」を考えてその対策を思いつく限り考えてみるのもよいかもしれません。

例えば、ひとりのサラリーマンが、威圧的な上司からこっぴどく叱られるかも・・と怖れていたとします。

そんなとき、そのサラリーマンは想定される「最悪の事態」が発生したときどうするかを考えてみるとよいと思います。

仮に「最悪の事態」が仕事のミスを指摘され怒鳴り散らされることだとします。

それなら、その事態が起きたときどうするか、どのように感情をコントロールするかなど具体的な対策を思いつく限り考えます。「とにかく謝ろう」「それでも相手の良い面を探そう」「社長に相談しよう」「労働基準監督署に連絡しよう」「こっそり転職先を探しはじめよう」・・みたいに。

すると、そんな作業をしているうちに、「まあ、何とかなるか」と大抵は思えてくるものです。実際問題として、想定される「最悪の事態」が起きることなどそうそうあるものではなりません。また、例え、失敗をしたとしても、大抵は失敗した後にいくらでも対処できるものですから。

「失敗したらどうしよう・・」という漠然とした不安感を取り除くする方法

ですから、ある程度、リスクに備えたなら、「まあ何とかなるか」と開き直ることも必要だと思います。

それは決して気を抜くですとか適当に対応するというわけではなく、気持ちを前向きに保つためのセルフコントロールだと捉えるとよいと思います。心を明るく保つには、「絶対~せねばならない」と心を縛り付けるのではなく、敢えて余白を残しておくということが重要であるということです。

まとめ

他人に気を遣いすぎて心が疲れやすい人は、何らかの劣等感を抱えています。それを刺激され傷つきたくないという思いから緊張と不安にさいなまれ、行動が消極的になるのです。

その性格は大きなトラブルを回避できるなどメリットもあるので、悪いとはいえません。メリットを残しつつ性格を改善するには、例えば、「マイナスのことをひとつ考えたらプラスのことをひとつ考える」ルールを設けてみてはいかがでしょうか。

また一方で「他人に嫌われてはいけない」という常識化された概念を「嫌われても構わない」というふうに変えていくこともポイントです。

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