スポンサーリンク

ダメな自分も許容していくことが心をラクに生きるためのカギ

殊に厳しすぎる家庭で育ったなどで、「支配ー被支配」の人間関係で苦しんできた人は、幼少時代に多くのハードルを親から設けられ、人一倍「耐える努力」をしてきたと想像します。

「耐える努力」は厳しい現代の競争社会をうまくわたっていくために確かに重要な要素です。しかしそればかりではなかなか人は幸せを感じながら生きていくことは難しいと思います。

スポンサーリンク

なぜなら、他人が設けたハードルを意識するということは、他人の目を気にするということを意味するからです。つまり、他人が認める成果を挙げたときにしか自分の価値を認めることができないということなのです。人生は有限でありますし、そういった状況にあるとしたらとても惜しいことです。

ですから「耐える努力」を長年してきた人は、次は、「ダメな自分をも許容する努力」をしてみてはいかがでしょうか?

例えば野良猫が日向でのんびりとあくびをしながら1日中寝そべっていたとします。のんびりしていていいなあと思うかもしれません。なぜそう思うのかというと、人間がもし同じようなことをしていると「ゴロゴロしている努力しない奴はダメだ」などと非難されるだろうからです。

しかし、人がこの世に生まれてきた意味合いを考えたとき、猫が寝そべっているのはよくて人間が同じようにしているのがダメだという価値観はどこかおかしいような気がします。なぜなら、寝そべりながら四季の息吹を全身で感じ生きる喜びを感じているならば、その時間は、非常に価値があると思うからです。

何が言いたいのかというと、社会にある常識化された価値観というものは、物質経済をもとにしたものであり必ずしも万人に当てはまるものではないということです。ですから、「世間では~と言われているから」ではなく、自分の感覚を信じて正しいか否かを判断することも、心をラクに生きるためには必要なことなのです。

真面目な人がうつ病になったり無気力状態になってしまいがちなのも、そういったことと関係しているのではないかと思います。大人から押し付けられたたくさんのルールに縛られすぎて「これもしないといけない」、「あれもしないといけない」と自分に課している。それが生きづらさにつながっているのです。

スポンサーリンク

例えば、パソコンやスマホも、いろんなソフトを同時起動させたら重たくて動きが鈍ります。それらをスムーズに動かすためには、起動させるソフトを敢えて減らすことです。

ですから、ネガティブ思考になりがちの人は「~あるべきだ」「~すべきだ」といったように自分に課しているルールの数を減らすことを意識してみるのもよいかもしれません。

もちろん、現代の社会は競争社会ですから、レールに乗って向上心を持ち努力をする面は必要だとは思います。しかし、そのレールから外れてしまったとしても、卑下する必要は全くないと思います。

例えば仮にテストで0点でも、かけっこでビリでも、何の特技も才能もなくても、怠け者でも、病気を抱えていても全く構わないと思うのです。

なぜなら人間は生きているだけで十分すぎるほどの価値があるからです。

人が生まれてきた意味は、競争に勝って他人から認められることでも、お金をたくさん稼いで贅沢なくらしをすることでもないはずです。さまざまな人生経験を経ながら、喜びをたくさん見出し、幸せを感じながら毎日を生きることにその意味があると思うのです。

ですから、「ダメな自分でもOK」と自分自身を承認してあげることが心をラクにするためには重要なのです。あるがままの自分を許容していくことによって、人間関係についても人の目を気にすることなく、ストレスのない対等な関係性を築いていけるようになると思います。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク