マイナス思考の人がプラス思考に変わるための考え方のコツ(1/2)

似たような環境下で生活を送っていても、毎日が苦難の連続だと捉える人と、穏やかな気持ちで楽しく過ごす人がいます。物質的な観点からするとその良し悪しは一概に言えませんが、マイナス思考でものごとを考えると、不平不満が多くなり幸せを感じる機会が少なくなる問題点があろうかと思います。せっかくの一度きりの人生ですから、できるだけプラス思考でものを考え、喜びを多く見出しながら生きていくほうが賢明であるように私は考えます。

では、普段マイナス思考でものごとを考えがちの人はどのように考えればプラス思考でものごとを捉えられるようになるのでしょうか?今回はその考え方のコツについて述べてみたいと思います。

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<プラスかマイナスか解釈の違いは「基準」の違いにあり>

同じ花を観ても、人によって捉え方が全く違っています。「きれいな花だなあ。今日は最高の一日だ!」と感動できる人がいれば「なんだ、こんな花どこにでも咲いてるしつまらない」とあまり評価しない人もいます。一体なぜ人によって解釈がそこまで違うのかというと、それはものを捉える「基準」が違っているからなのだと思います。

そんな基準の違いについてはよくコップに入った水で例えられることがあります。コップに水が半分入っているとして、その状況を「半分しか入っていない」と捉えるのか「半分も入っている」と捉えるかの違いです。

空のコップを基準としてものごとを捉える人は「コップ半分もの水が入っているとはありがたいな!」と充足感を感じます。一方でコップが満杯に満たされている状態を基準として考える人は「これだけしか入っていないのか!」と物足りなさを感じます。

外部から見ると同じ状態であっても、どの基準でその状況を評価するかによって、精神的充足感は全く違ってくるというわけなのです。

前者の捉え方はプラス思考にあたります。コップに少しでも水が入っている状態でも喜びを見出すことができるため、気持ちにゆとりが生まれその幸せを他人にも分けてあげようという気持ちも自然と湧いてくることでしょう。

一方後者の捉え方は、マイナス思考にあたります。満杯に満たされた状態でなければ、枯渇感を感じるものですから、その不足分を埋めなければならないという方向に思考が働いてしまいます。同時に、失うことの不安と恐怖心から、自分に対しても他人に対しても厳しい眼差しを送るようになっていきます。

確かに、自分や他人を厳しく律して完璧なものをつくりあげるべき場面も社会生活においては多くあります。しかし、四六時中その思考回路でものごとを考えてしまうと、「足りない点」ばかりに目が行ってしまい何かにつけて不平不満が多くなり息苦しくなってしまうことでしょう。

その結果、客観的に恵まれた環境で物質的に何不自由ない生活をしていても、どこまでいっても心が満たされず、なかなか幸せを感じられないという状況が生じてしまうわけです。それがマイナス思考が誘発する最大の問題点なのだと思います。

マイナス思考でものごとを考えがちな人は、完璧にものごとを進めようとする真面目で几帳面な人が多いです。真面目で几帳面であることは与えられた課題を正確に遂行できる素晴らしい能力でもあるというのは間違いありません。ただ、その性質が限度を越えていたら、いろいろな場面で弊害が生じてきます。

日々心が満たされないと感じている人は、自分が置いている「基準」が高すぎないか見直してみる必要があるかもしれません。そしてもし仮に必要以上に高い地点にその基準が設けられているならば、思考回路を変えることによってその基準を下げることで心がラクになることでしょう。

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<マイナス思考からプラス思考へ転換する考え方のコツ>

では、一度高く設定してしまった基準を下げてものごとを考えるには、一体どのような思考回路でものごとを考えればいいのでしょうか?

それは「思考の順番を変えること」が有効だと思います。

「思考の順番を変える」とはどういうことなのかというと、「原因分析をすること」と「改善策を探すこと」の順番を入れ替えてものごとを考える癖をつけることです。

マイナス思考の人は何かでうまくいかなかったとき「原因分析をすること」を真っ先に行う傾向があります。

例えば仕事でミスをしたとき、「どうしてこんなミスをしてしまったか?何が原因なんだろう?」とまず原因分析をしてしまうのです。とりわけ真面目で几帳面な人は、その作業をまず完璧にしてからでなければ次に進めないと考えてしまい、そこに時間と労力を投入してしまいがちです。それがマイナス思考が生む「底なし沼」の入り口なのです。

確かに、思い通りにいかないことがあったとき、原因分析をしっかりして反省することは重要な過程です。しかし、その思考作業にあまり時間をとられすぎてしまうと、人によってはマイナス思考が生むその「底なし沼」から抜け出せなくなってしまうのです。マイナス思考の人は仕事でミスをしたらおそらくこんな風に考えてしまうことでしょう。

・自分の注意力が不足していたのがミスの原因だ
→そんな注意力散漫の人間がこの仕事をする資格があるのか?
→いやない。今後、会社に迷惑をかける可能性があるかもしれない。
→それを防止するためには自ら退職したほうがいいのではないか?

普通ならば「次から気を付ければいいよ」で終わるような小さなミスでもマイナス思考で考えがちの人は「会社を辞めなければいけないのではないか?」とまで思い詰めてしまう可能性があるのです。それは本人にとっても周囲の人間にとっても不幸なことであることは言うまでもありません。

あるいは、マイナス思考の人のなかには、自分自身に問題点を見出すのではなく、他人のなかに原因を求めるタイプの人もいます。そのようなタイプの人の場合、ミスをした原因は他人にあると一方的に決めつけ、自分のことは棚に上げて相手に激しい不満や怒りをぶつけます。

・このミスをしたのはチェックをする人が入念にチェックをしなかったせいだ
→ミスをしてしまうような会社のシステムが悪い
→社会が悪い。政治が悪い

こちらもベクトルこそ違えど不平不満に絶えないということは同じだと思います。

人間はコンピューターではありませんし、完璧な状態を目指すにも限度があります。ですから何か失敗をしてもそこから改善点を見つけて次に生かせばいいわけです。しかしマイナス思考の人の場合、改善点を探す前に、自分あるいは他人を責めることに終始して疲れ果ててしまうのです。その点が問題なのです。

その背景には日本の社会では「失敗をしないこと」が必要以上に求められている側面があることが見え隠れしています。それは一度レールから外れるとやり直しがききにくい社会構造や、日本人特有の勤勉な気質などさまざまな要因があろうと思います。

原因分析をすることは確かに大切です。足りない部分が明確になり、それを補うことでミスを繰り返しにくくなり向上できるメリットがあるからです。しかしそれは物資的豊かさを国民の多くが追求していた時代は通用しても、飽食の時代となった現代社会においてはその視点だけではなかなか通用しなくなったということが言えるかもしれません。

続きを読む→「マイナス思考の人がプラス思考に変わるための考え方のコツ(2/2)

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