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繊細で敏感な人が自然とポジティブな言葉を発して幸せになるための 4 つのポイント(2/2)


繊細で敏感な人は、何かを考えるときまず悲観的な視点から未来を捉える傾向があります。それは石橋を叩いて渡るような堅実な生き方に価値を置いているためだと思います。

→前回の記事を読む「繊細で敏感な人が自然とポジティブな言葉を発して幸せになるための 4 つのポイント(1/2)

② 「ものごとの良い点を真っ先に探す」

確かに未来に備えることは自身の身を安全を確保するために重要なことです。しかし、何が起こるか分からない未来に対して必要以上に時間をかけてリスク回避の対策を講じてもキリがありません。

リスクを0にできない以上、どこまでいっても漠然とした不安を抱かざるを得ず、いつも極度の緊張を強いられ 膨大なストレスが蓄積されていくことになってしまうでしょう。

また、足りないものを埋める努力を重ねていくことは自己肯定感の低下にもつながります。 短所を拡大解釈してそれを捉えることで、自身の長所が見えにくくなってしまうからです。すると、何をするにも自信が持てず、人を避けチャレンジすることを避け、自己嫌悪の泥沼から抜けだせなくなってしまいます。

未来に起こりうる出来事に対して備えることは必要なことですが度が過ぎるといろいろな問題が生じてしまうというわけなのです。

例えるならウイルス対策ソフトをたくさん入れすぎたパソコンのようなものです。本来、ウ

イルスの侵入を防ぎ快適に作動させるのが目的であるはずなのに、ウイルス対策ソフトの容量が重たくなりすぎて、返ってパソコンの作動を阻害してしまうような状態になる。それでは元も子もありません

ですから、未来に起こりうるリスクを危惧する前に、まずは何でもよいので「ポジティブ思考で明るい未来を思い描くことを行う」と決めておくのがよいと思います。

もしネガティブな発想をしてしまったら、立ち止まる。そして良い点は何かないか探しポジティブな言葉で言い直す。そういった思考作業を何度も何度も繰り返すうちに、未来の出来事を明るい気持ちで受け止めることができるようになっていくと思うのです

もし未来についてネガティブな言葉を発してしまったら、例えばこんな風にポジティブな言葉に言い直してみるとどうでしょうか。

×会社をリストラされてお先真っ暗だ
→〇(訂正)自由の身で、これから無限の可能性がある。楽しみだ

×想定外のミスをして失敗する可能性がある
→〇(訂正)思わぬ良い出来事が待っている可能性がある

×明日は苦手な人と一緒に昼食を食べないといけない。気を遣うだろうなあ
→〇(訂正)明日の昼食。どんな美味しいものが出てくるか楽しみだな

×今度、人前で話をしなければいけない。うまく喋れないかもしれない
→〇(訂正)自分の話で喜んでくれる人が 1 人でもいたらうれしいな

×私だけ早起きして出勤しないといけないなんて嫌だな
→〇(訂正)早朝は空気が澄んでて見える朝焼けがきれいだろうなあ

「悪い点」を真っ先に探すのではなく、真っ先に「良い点」を探す。ネガティブな視点からものごとを考えるのはとりあえずは後回しにする。すると未来に対するイメージが一気に明るいものに変わってきて心に高揚感が生まれるはず。

何ごとも踏み出す第一歩が肝心なのです。まずは良いことを考えてみて、その上で必要に応じて「何か注意すべき点はないか?」と慎重な姿勢でも考えるとよいのではないでしょうか。

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③ 完璧を追求せず欠点探しから自由な発想を重んじる

繊細で敏感な人は、未来の出来事に対してネガティブな視点から捉えがちです。例えば誰かと会う約束をしたとしたら、「嫌われたらどうしよう」「迷惑をかける可能性がある」などと悲観的な発想を真っ先にしてしまいます。それは自分の足りない点を常日頃から探しているためか自己肯定感が低くなっていることにも影響していると思います。

控えめで謙虚な姿勢であること自体は良いことではあるのですが、もしそういった行動が消極的な理由からの行動であるならば、いつまでも漠然とした不安から逃げることができないでしょう。なぜなら「新しいものを生み出していこう」という自由な発想が妨げられてしまうからです。

例えるなら学校のテストでいつも 100 点満点を取っている人が、「1 問も間違えてはいけない」と「ミスをしない努力」を重ねるようなものです。完璧を追求する努力によって注意力が 向上 するなど成長できる面は確かにあるでしょう。

しかしあまりにミスをしないことを厳密に考えてしまうと自由な発想が阻まれてしまいます。

なぜなら、足りないものを見つけて埋めねばならないと考えることは、失うことを怖れることを意味するからです。

ですから完璧さを追求してもしすぎない意識を持つことがそこでは大切だと思うのです。その代わり「新しいものを生み出そう」と自由な発想を重んじる思考回路に変えていってみてはいかがでしょうか。

学校のテストでいえば、「ミスを絶対にしてはならない」などとあまり自分を追い詰めて考えない。その代わりに例えば「今回 100 点をとったらどんな買い物をしようかな?」「また 100 点をとれたらどこかに旅行に行こうかな?」みたいに「自分へのご褒美」を考えてみるのもよいと思います。

そのように一からアイデアを考えるよう自身を仕向けることで緊張感もほぐれてくるのではないでしょうか。それは、失うことの不安や恐怖から解放され、自由な発想が広がりやすくなるからです。

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④ 他人を幸せを与えることを考える

繊細で敏感な人は未来に想定外のことが起きることを極度に怖れる傾向があります。なぜなら、もし不測の事態が起きてうまく立ち振る舞えなかったとき、自分自身がひどく傷つくことを経験則により知っているからです。

ですから無意識のうちに、いかにリスクを回避するかに思考を集中させ、他人を思いやる心の余裕を保てなくなってしまっている面があるのではないでしょうか。

他人に気は遣っていても、それは「嫌われないため」「世間の常識に逸脱しないように」といった消極的な理由が占められていないかチェックが必要です。もしその通りならなかなか心の平安を得ることはできないでしょう。

・緊張すると居心地悪いから〇〇する
・対処する自信がないから〇〇する
・恥をかくのが怖いから〇〇する
・嫌われるのが嫌だから〇〇する

このように、自らが傷つかないように〇〇するといった消極的な理由で行動しても、なかなか心から楽しい気分になれないものです。なぜなら明るく自由な発想が妨げられてしまっているからです。

人は「足りないもの」を仮にひとつ埋めたとしても、また新たな「足りないもの」を見つけてしまうものです。そして、それを埋めないと幸せになれないと思い込んでしまうのです。そういった鼬ごっこをつづけても、どこまでいっても心の充足感を得られないというわけです。

では、どのように考えれば幸せを感じられやすくなるのかというと、何か行動をしようとするたびに「他人をどうすれば幸せにできるのか?」という他人主体の視点で行動してみることです。

例えば誰かと会って話をするとき、「無難に乗り切るためにどうするか」「恥をかかないよ うにどうするか」といったように消極的な理由で行動しないようにする。その代わり、
「どうしたら相手に喜んでもらえるだろうか」「相手が幸せな気分になるためには何ができるだろうか?」といったように他者のメリットを第一に考えた行動をとってみるのです。

すると、自由な発想が広がるため、自然とポジティブな言葉が出てくるようになると思います。

良い印象が伝わる挨拶

「人に喜びを与えうる行動」といえば私たちが日常的に行っている「挨拶」もそのひとつでしょう。

「おはようございます」という挨拶ひとつにしても、良い印象が伝わってくる人と、そうでない人がいます。それは、相手のことを考えた挨拶なのか、それとも形式的に言葉を発しているだけなのかの違いだと思います。

前者の場合、明るい笑顔と快活な声が、相手に心地よさと癒しを与えることでしょう。なぜならそこでは「相手に良い一日を送ってもらいたい」「相手に元気になってもらおう」というように他者の幸せを考える思いが込められているからです。

一方、後者の場合、「挨拶をするのは社会の常識だから」「挨拶をしなかったら人間関係にヒビが入るから」といった消極的な理由で形式的な言葉を発している。だから、どうしても心がこもらずボソボソとこわばった表情でしか挨拶ができないのだと思います。

「挨拶をする」という行動自体は同じでも、相手の幸せを考えているか否かで、表情や仕草、瞳の輝きなどが違ってくるものなのです。

成果主義が蔓延する現代社会において、相手の幸せなど二の次で、自分さえ良ければいいと考えている人も少なくありません。

ただ、他人のための思っての行動は清々しいものですし、長い目で見ると自分にも巡ってくるもの。一見遠回りの道に思えるかもしれませんが、他人の幸せを第一に考えることこそ、自分自身が幸せになるための王道なのだと私は思います。

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